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女信長─おなごのぶなが─ 第一話

ということで第一話です。

第一話 婚礼と心配事

「尾張の大うつけ」は「蝮の娘」と婚礼を挙げる。
自分の性別を偽って。


 天文十七年、今日も城内に家老・平手政秀の声が響く。
「若様!おまちください、信長様っ!!」
 その声の先には、今にも馬に乗ってこの場を去ろうとする若者─織田信長がいる。艶やかな黒髪を頭の上の方でひとつに括り、袖を破った着物に晒姿、刀の柄には荒縄を巻くというその格好は、中性的でありつつも精悍な顔立ちの信長に恐ろしい程似合う。周りからのあだ名、「大うつけ」に似合いの格好に見えるであろう。

「そのようなお姿で、このような日に、何処へお出掛けなさるおつもりですか?!」
  家老の平手が困ったように叫ぶのも当たり前、今夜は信長と三国同盟の相手、美濃の斎藤家の娘との婚礼なのだ。信長にも準備をしてもらわねばならぬことがたくさんある。
 それなのに、馬に乗って出掛けようとしているのだ。止めて当然である。だが、信長は悪びれもせずこういった。
「なんだ、爺はいつも煩いな。止めても無駄だ。俺は吉乃の所へ行く。」
 その言葉をきいて、平手は絶句する。今日という日に他の女の元へ、だ。
 そうこうしているうちに、信長は馬を走らせ城外へ走り去る。もうすでに遠くなった彼を追うこともできずにいると、途中で馬を止めた彼が叫んでくる。
 「気が向いたら婚礼に出てやる!相手にもそう伝えておけ!!」
 彼の高い声は平手の耳にもしっかりと届いた。その言葉を背中できき、平手はただ項垂れるしかなかった。ああ、若を止める事が自分に出来ようか。

平手は知っている。

彼がなぜ「うつけ」を演じるのかを。
・ ・ 
彼女の抱える苦悩を。なぜ吉乃の元へ向かったのかを。

信長様がうつけ?そんなわけがなかった。信長様は天才だ。今も皆を、二つの意味で騙している。母親さえも。その才覚は、この乱世を終わらせられるほど。あの格好だって、とても戦闘に適したものだ。自分のこの格好よりも、よほど武士らしい。

(だが、信長様・・・・・・)
 貴女のその才覚は、新しすぎる。万人には受け入れられない。この自分も、理解できるのは一部のみだ。だが、それでも。
(爺は、貴女と共に生きてくれる方を・・・・・・)
貴女と共に、乱世を生き抜いてくださる方と・・・・・・この乱世を終わらせて欲しいのです・・・・・・

平手は拳を握る力を強める。
──ああ、美濃の姫は、信長様を理解し、お支えくださるでしょうか・・・・・・?
      ・
彼女の、夫として。


一方信長は、吉乃のいる生駒屋敷に到着した。
 馬から降りた彼を出迎えたのは、一人の少女。白い肌に正に「烏丸の濡れ羽色」な黒髪が似合うこの美少女は、信長の恋人といわれる吉乃だ。
 
 だが、それは建前。彼女もまた、信長の正体を知る者だった。
吉乃は信長の様子がいつもと違うことに気が付いた。
「あら、どうしたの?」
 その問いに、少し悩みを含んだ微笑みで信長は答えた。
    ・ ・ ・
「吉乃姐さん・・・・・・相談したいことが、あって・・・・・・」
 その答えに、何か気付いた様子の吉乃は、すぐに信長を部屋に通し、人払いをする。そして、静かに口を開いた。   
          ・ ・ ・ ・
「どうしたの?信ちゃん。」
部屋の周りには誰の気配もない。
 信長は顔をあげた。その顔がいつもとは全く違っていて、さすがの吉乃も少し戸惑う。顔をあげた信長─彼女─の顔は、いつものうつけを演じているときの顔ではなく、悩みを抱えた少女のものだった。
 彼女が不安で押し潰されそうなとき、決まってここに訪れる事を吉乃は知っている。故に、何故今日此処に来たのかも、すぐにわかった。
 吉乃は信長の頭を優しく撫でた。彼女が悩みを抱えているときは決まってこうしていたから。
 すると信長は少し心が安らいだのか、言葉を発した。
「姐さん・・・・・・私・・・・・・婚礼するのが、怖い・・・・・・!どうしよう、濃姫さんが受け入れてくれなかったら・・・・・・!」
 信長の相談事は婚礼についてのようだった。
(そりゃ、不安になるわよね・・・・・・)
 やっぱりその事か、と吉乃は思った。
 信長が悩むのも仕方ないだろう。
  . . . .
 女の身で、妻を娶るのだから。
 今まで信長は吉乃以外、恋人はいなかった。否、作らなかったのだ。
 それは、信長は女だったから。
 彼女が男として、織田家嫡男の「大うつけ」を演じている理由を知った吉乃は、彼女の恋人を演じ、協力することにしたのだ。
 そんな事をする大きな要因は、彼女に縁談が来ないようにするため。嫡男である信長が、妻や側室を持たねば、不審がられるかもしれない。だが、嫡男であるため、子が生まれなければ相続問題もおきる。いずれは妻を娶る事を求められるのだろう。
 それらを避けるため、吉乃は彼女の恋人を演じ、彼女に協力していたのだ。幸い、「大うつけ」と呼ばれる信長には断れないような縁談は滅多に来ず、齢十五ということもあり断ることもできたのだ。
 
 だがそれも今までのこと。
 今回ばかりはそうはいかない。大切な同盟のための婚礼だったからだ。
 信長の父、信秀は以前より美濃の斎藤家と争っていたが、今回、和睦することが決まった。この婚礼はそのための云わば政略結婚である。
 
 政略結婚ということ自体は別に何も感じなかった。。乱世になる前からよくあるものであり、むしろ恋愛結婚の方が少なく、憧れるだけ無駄な世だと思っている。それにこんな自分が女に恋する事もない。
 
 そう、恋する事も愛する事もないのだろう。世の中には自分と同じ性別の者を愛する者もいるが、自分は違った。そういう者達を否定する訳ではないが、自分が女に恋をする事はないと言えるだろう。もしかしたら男にも恋をせず生涯を終えるかもしれない。
 あったとしても、相手は自分が女だと知ったらどう思うのか。
 思い通じ合っても周りからは「衆道関係の二人」としか見られず、男女の恋人とはならないだろう。

 そんな自分が妻を娶るなどあらゆる面で不安だ。婚礼の後は、必ず一夜は共に過ごさなければならない。初夜の時に女であることは言おうと思うが、女である自分が女を抱くことはできない。
 それに、自分が女であると知ったら相手はどう思うのだろう・・・・・・?

「女なのにこんなことをしている私を、蔑むかもしれない。もしかしたら、これで私の正体が皆にばれてしまうかもしれない。そう考えると、とても怖くて・・・・・・!」

 吉乃に抱き抱えられなだめられるような形で、信長は心境を吐露する。吉乃はそんな信長を慰めてやりたいが、男として(心体とは違う性で)生きぬ自分には信長の苦しみを全ては理解出来ない。それでも、彼女の友人として、出来る限りの励ましの言葉を送る。

「そんな事ないと思うわ。だって私は貴女の正体を知っても、貴女を変だと思わなかったもの・・・・・・!ちゃんと話せば解ってくれるわ!最初からそう考えては駄目よ。」

 吉乃のその言葉を聞いて落ち着いたのか、信長も覚悟を決めたようだ。

「わかった、姐さん。私、ちゃんと濃姫殿と向き合って話をする。織田家に帰って、ちゃんと婚礼を・・・・・・挙げるよ。」


そうして織田家へと帰った信長を、吉乃は笑顔で見送った。

(どうか濃姫殿が、信ちゃん─信長殿を、受け入れてくれますように・・・・・・)
 信長を見送った後、吉乃はふと思った。
(それにしても、なぜ信秀様は、信長殿の正体がばれるかもしれない危険を承知で、婚礼を?)
 信長が女であるとわかれば、彼女の命は危うくなる。それが男装の意味であり、彼女の命を守るために信秀がとった行動だった。その彼女の正体を知る者を増やすようなことをして、なぜ危険を冒すのか。
 それほど同盟が重要なものだというのもあるだろうが、彼が愛娘の信長を危険に晒すようなことをするとは思えない。
 何か違和感がある。

「もしかして……」
 吉乃の頭に、ある一つの答えが浮かんだ。
 とんでもない考えだが、信長のように、あちらにも複雑な家庭事情があったのだ。あり得るかもしれない。

 それに。
(うまくいけば、信長殿も濃姫殿も幸せになれるかもしれないわ……)
 いかにも信秀様が考えそうなことじゃないか。

(夫<つま>と妻<おっと>の夫婦か……本当だったら、おもしろいわね……)
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